大判例

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名古屋地方裁判所 昭和45年(ワ)2285号 判決

原告

二宮竜洲

右訴訟代理人

山路正雄

外一名

被告

同和火災海上保険株式会社

右代表者

細井倞

右訴訟代理人

岩田孝

外三名

被告

大島清俊

主文

一  被告大島清俊は原告に対し金三二万一、七二八円およびうち金二九万一、七二八円に対する昭和四三年八月三〇日から、うち金三万円に対する本判決言渡の日の翌日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告同和火災海上保険株式会社は原告に対し金三二万一、七二八円およびこれに対する本判決言渡の日の翌日から年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用はこれを一〇分し、その九を原告、その余を被告らの負担とする。

五  この判決は、原告勝訴の部分にかぎり、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、原告

1  被告大島清俊は原告に対し金二三二万〇、四一三円およびうち金二一一万〇、四一三円に対する昭和四三年八月三〇日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告同和火災海上保険株式会社は原告に対し金二三二万〇、四一三円およびこれに対する本判決言渡の日の翌日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言。

二、被告同和火災海上保険株式会社

1  本案前の裁判として

(一) 原告の請求を却下する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

2  本案の裁判として

(一) 原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一、請求原因

1  交通事故の発生

(一) 日時 昭和四三年八月三〇日午前一一時一〇分頃

(二) 場所 名古屋市守山区大字小幡字中島八九番地先交差点

(三) 加害車 訴外福島英之運転の普通乗用自動車

(四) 被害車 原告運転の原動機付自転車

(五) 事故の態様 被害車が右交差点を西から東に向かつて進行中、加害車が南から北に向かつて進行してきて衝突した。

(六) 結果 右事故によつて原告は入院二日通院六か月の加療を要する右踵骨骨折、右肩部右上肢挫傷、顔面挫傷等の傷害を受けた。

2  責任原因

(一) 被告大島清俊(以下被告大島という)は、加害車の保有者であるから自賠法三条により原告の蒙つた損害を賠償すべきである。

(二) 被告同和火災海上保険株式会社(以下、被告保険会社という)は、被告大島との間にいわゆる任意保険契約(契約番号九八一一四、契約期間昭和四三年四月二日から同四四年四月二日まで、契約者被告大島)を締結しているのであるから、被告大島に対し、同被告が原告に対し右責任を負担することによつて受ける損害を填補する責任があるところ、原告は、同被告の資力が十分でないので、民法四二三条により同被告に対する損害賠償請求権に基づき同被告の被告保険会社に対する保険金請求権を代位行使するものである。

3  損害

(一) 休業補償費

原告は、妻とともに、商業広告デザインおよび印刷を目的とするニノミヤデザイン工房を営み、主にデザイン部門を担当し、一か月平均金一四万七、三三七円の純収入(月額平均売上金二四万五、五六三円の六割)を得ていたところ、本件事故による前記傷害のため退院後三か月にわたつてギブスを着用しさらにギブスをはずした後も一週間に一回の割合で一八週間にわたつて通院し、その期間中休業を余儀なくされ、金五三万〇四一三円の得べかりし収入を失つた。

(二) 将来の逸失利益

原告は、前記傷害の治癒後も右肩のしびれ等の障害が残つているため、小筆を使用することができず商品価値あるデザインを全く書けない状態であり、右状態は今後少なくとも三年間継続する。そして原告は、右期間中少なくとも月額三万円の利益を失うので、得べかりし利益金一〇八万円の損害を蒙つた。

(三) 慰藉料

原告は、前記のとおり本件事故により三か月にわたつてギブスを着用し、さらにその後も三か月にわたる通院治療を余儀なくされたが、前記後遺障害が残つたため商業広告デザイナーとしての生命を殆んど奪われ、多大の精神的苦痛を蒙つた。これらの精神的苦痛を慰藉するに相当な金額は五〇万円を下らない。

(四) 弁護士費用 金二一万円

4  結論

よつて原告は、被告ら各自に対し金二三二万〇、四一三円および右金員に対する被告大島については昭和四三年八月三〇日から、被告保険会社については本判決言渡の日の翌日から、それぞれ支払済まで民法所定の年五分の割合による金員の支払を求める。

二、被告保険会社の主張

1  本案前の抗弁

本件訴における保険金請求は、訴の要件を欠き、却下さるべきである。

(一) 本件訴は民事訴訟法二二六条の要件を欠き不適法である。

本件訴の訴訟物である被告大島の被告保険会社に対する保険金請求権は、左記のとおり、未だ発生していないのであるから、本件訴はいわゆる将来の給付の訴に属し、右訴は「予メ其ノ請求ヲ為ス必要アル場合」に限つてこれを提起しうるものであるところ、被告保険会社は将来確実に損害を填補するであろうことは訴訟法的にも明確な事実であるから、本件訴は、右にいう「必要アル場合」にあたらない。すなわち、

(1) 責任保険は第三者たる被害者に発生した損害の填補それ自体を目的とするものではなく、加害者たる被保険者が第三者に対して一定の財産的給付をなすべき法的責任を負担したことにより被る損害を填補することを目的とするものである。したがつて責任保険における保険金請求権の発生は被害者たる第三者の加害者たる被保険者に対する不法行為責任の有無およびその範囲が確定することを当然の前提とするものであつて、その確定前に保険金請求権が発生すると解することは責任保険の本質に反する。

(2) 保険者の自主的法規ともいうべき自動車保険普通保険約款第二章第一条第一項本文は「当会社は被保険者が下記各号の事由により、法律上の損害賠償責任を負担することによつて被る損害賠償責任条項および一般条項に従いてん補する責に任ずる」と規定する。おもうに、現行約款の規定は旧普通保険約款第二条第二項が「保険者ガ法律上ノ損害賠償義務ニ基キ之ヲ賠償シタルトキ」に保険金請求権の発生することを明示していたのに対し右請求権の発生時期そのものを明確に規定していない為、保険金請求権の発生時期について若干の疑義があるかのごとくみられないではないが、しかし右(一)に述べたように責任保険本来の趣旨をかえりみれば、旧約款から現行約款の改正におかれた改正趣旨(保険金請求権の発生時期についてとくに明示はしなかつたが保険金請求権の発生時期について被害者の加害者に対する損害額の確定を前提としていた)。さらには現行約款の文理解釈等に徴するとき、現行約款において、保険金請求権の発生が法律上の損害額の確定を当然の前提としているのであることは明らかである。

そのことは自賠法第一一条、第一五条、第一六条と対比してみれば容易に観取できる。また次のようなことからも是認されるのである。

(イ) 各損害保険会社では、保険金請求権の発生時期を第三者と被保険者との間の損害賠償責任および賠償額が確定した時(即ち、示談の成立または判決が確定した時)とみて、これを前提に諸般の手続をすすめており、この解釈ないし、取扱いは実務上の慣習となつている。このように慣行は現行約款の不備を単に補充するにとどまらず、関係当事者間の法的確信に支えられたものとして存在するのである。

(ロ) 保険金請求権の消滅時効の起算点は、被保険者において示談契約をして損害賠償債務を負担した時と解されている。これは、保険金請求権が法律上の損害額確定を当然の前提としているものにほかならない。もしも、損害額の確定する以前に保険金請求権が発生すると解するならば消滅時効は「権利ヲ行使スルコトヲ得ル時ヨリ進行ス」(民法第一六六条第一項)るのであるから、被保険者が応訴したとき、商法第六六三条に規定する二年間の短期消滅は容易に経過し、損害額が確定したときは、保険金請求権が時効により消滅していたという極めて不合理な結果を招来する。

(ハ) 現行約款第二章第一条第二項は自動車がいわゆる自賠責保険の契約を強制されている自動車である場合の損害について「当会社は、その損害の額が同法に基き支払われる金額を超過する場合に限り、その超過額をてん補する責に任ずる」と規定し、損害額が自賠責保険を超過するか否かは、自動車事故の発生時ないし、被害者の被保険者に対する請求の時点では全く不明であつて被保険者の被害者に対する損害額が確定して、はじめて自賠責保険でてん補さるべき金額が定まり、したがつて任意保険の保険金請求権が発生し、かつ、その請求部分が特定されるのである。

(ニ) 現行約款第三章第一一条第一項(7)に「あらかじめ当会社の承認を得ないで損害賠償責任の全部または一部を承認しないこと」という規定があり、もし、被保険者が正当な理由なく右条項に違反したときは、「当会社が損害賠償責任がないと認めた部分を控除して、てん補額を決定する」(同条第二項)ことになつているが、これらの規定が被害者と被保険者との間において示談が成立することを保険金請求権発生の必須の要件とするものであることは明らかである。

(ホ) このほか、損害の防止、軽減義務条項(第三章第一一条第一項(1))事故発生報告義務条項(同条項(2))調査協力義務条項(同条項(4))および権利保全手続条項(同条項(6))は、保険金請求権の発生時期を法律上の損害額確定のときにおいて規定されたものである。

(3) 不法行為の場合、事故発生直後においては、加害者の責任の有無および損害の範囲が明白でないのが通例であり、とくに後遺障害を残すような場合は損害額が容易に確定しないのが常態である。したがつて、このような把握不能の損害を明確かつ現実的損害と解するのは明らかに失当である。

(4) もし、不法行為の発生と同時に保険金請求権が発生すると解するならば、それは単に責任保険における先に述べた理論を見誤るばかりでなくいたずらに保険会社の手続を煩雑化し、さらには、到るところでは混乱と紛争とを生ぜずにはおかないであろう。

(二) 本件訴は、民事訴訟法第五九条の要件を欠き不適法である。

原告の被告大島に対する請求権は、不法行為に基づく損害賠償請求権であり、被告保険会社に対する請求権は保険金請求権であつて、本件は異別の訴訟物について、被告大島への訴と被告保険会社への訴とを主観的に併合するものである。しかし、同法条は、請求権が数人に共通もしくは同一または同種の権利義務関係にたつことを併合の要件としているところ、本件は右損害賠償請求訴訟が確定し、かつ、債権者代位権行使の要件を充足することによつて、はじめて認められる保険金請求訴訟を右損害賠償訴訟と併合することにより訴訟法上有効ならしめようとするものであつて、右各請求権の間には実体法上なんら関連性があるわけではない。しかも、保険金請求訴訟は、加害者に対する現実的履行の不能を条件とする副位的請求であるから、実質的には、主観的予備的請求である。同法条は右のごとき主観的予備的訴の併合を認める趣旨ではない。もし、本件併合を適法とするならば、一般債権者が保険契約者に対する請求と保険金請求の代位請求とを併合して訴を提起しうることを是認せざるを得なくなるが、この帰結は、まことに許容しがたいものであつて不合理といわざるを得ない。

しかも、損害賠償請求の方のみが確定し、保険金請求の方が上訴して争つた場合に、その確定した請求権の範囲が異るという被保険者又は原告にとつて不都合が生じうるし、又逆の場合、保険金請求権が確定して、損害賠償請求の方が上訴して争つた場合で前者よりも後者の方が範囲額等が小さくなつた場合も不合理な結果を来たすのである。

2  請求原因に対する認否

請求原因第1項および第2項(一)の事実は認める。同第3項の事実は不知。

3  抗弁

(一) 過失相殺

加害車は、本件交差点を北進する際、同交差点入口で一旦停止して左右の安全を確認したところ、東進中の大型バスが右折の合図をしながら同交差点で停止したので、さらに前進して再び停止し左方(西方)の安全を確認したが、東進車がなかつたので時速五キロメートルで進行したところ、被害車が同交差点に先に進入した加害車を無視し何ら減速徐行せずに進行したために本件事故が発生したものであるから、被告保険会社は大幅な過失相殺を主張する。

(二) 損害の填補

原告は治療費として金七万六、七八〇円を受領済である。

三、被告保険会社の抗弁に対する原告の認否

過失相殺の主張は争う。原告が治療費として金七万六、七八〇円の支払を受けたことは認める。

四、被告大島

同被告は適式な呼出を受けながら口頭弁論、期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面をも提出しない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一被告保険会社の本案前の抗弁について

被告保険会社は、本件における原告の保険金請求権の代位行使が許されないものと主張するので、この点について検討する。

1(一)  責任保険においては、保険金請求権行使の具体的な前提条件を約款で規定するのが通例であるところ、現行約款(昭和四〇年八月以来損害保険各社共通に使用されている)の規定は、旧約款でとられていたいわゆる先履行主義を廃止したにすぎず、それは保険金支払の前段階である賠償額の確定にまで緩和する趣旨であつたと解すべきでないこと(先履行主義は加害者が無資力の場合に被害者の保護に欠けるので撤廃されたにすぎない)、

(二)  責任保険においては、被害者と加害者との間の関係(いわゆる責任関係)における賠償額の確定を保険金支払に先行させる取扱いないし解釈は保険会社の実務において商慣習化していること、

(三)  そもそも賠償責任保険という制度の本質上、加害者たる被保険者の負担する賠償責任額が保険金支払額の基礎となるもので、仮に前者の確定を不要と解すると、責任関係における確定手続とは別個に保険契約締結の当事者間で賠償額具体化のための手続を行うことになり、二重手間となるばかりか両者が一致した金額に辿りつかない場合に弊害を生ずるおそれがあること、

(四)  交通事故発生と同時に保険金請求を行使しうるものとすれば、被告保険会社が主張するとおり消滅時効の関係で不合理な結果となること、

(五)  さらに、事故発生と同時に保険金請求が可能と解するならば、被害者以外の債権者も事故の発生を知れば直ちに保険金請求権を代位行使することになつて被害者に不利な事態を招きやすいこと、

以上の点を考え合わせれば、保険関係における保険金請求権行使については、その前提条件として責任関係における賠償額確定が必要であると解すべきである。

2  しかしながら、本件においては原告は加害者たる被告大島に対する損害賠償請求の訴を被告保険会社に対する保険金請求の訴と併合しており、かかる場合には賠償額の確定を保険金請求権行使の前提とする要件は具備されていないが、両請求が併合して審理される限り前述の賠償額確定手続が二重になされることによる無駄や矛盾が回避されるので右要件を緩和しても差支えないものいうべきである。以上によつて当裁判所は責任関係の訴訟と併合されることによりその関係の賠償額の確定を俟たなくとも保険関係の訴訟が例外的に許されるものと解する。

3  ところで被告保険会社は、保険関係の請求が将来の給付の訴となるから許されないと主張するが、前示のとおり保険金請求権が賠償責任額の確定を前提としているが。保険会社自らが当事者として責任関係の手続にも関与しうる併合訴訟の場合においては、裁判所において責任関係の判断の示される判決言渡の日に履行期が到来したものと解するのが相当であるから、保険関係の請求が将来の給付の訴となることはない。

4  さらに被告保険会社は、右併合訴訟が主観的予備的併合であるから許されないと主張するが、責任関係における請求と保険関係における請求が二律背反の関係になく、前者における判断が後者における判断の基準となるのであるから、被告保険会社の右主張は理由がない。

5  以上のとおり、原告の被告保険会社に対する本件訴訟は適法である。

二事故の発生

請求原因第1項の事実(交通事故の発生)は、原告と被告保険会社との間においては争いがなく、被告大島との間においては民訴法一四〇条三項によりこれを自白したものとみなす。

三責任原因

1  被告大島が加害車の運行供用者であることは、原告と被告保険会社との間においては争いがなく、被告大島との間においては民訴法一四〇条三項によりこれを自白したものとみなす。

2  被告大島が被告保険会社との間で原告主張の保険契約を締結したことおよび被告大島が無資力であるとの事実は、被告保険会社において明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。

四損害

1  治療の経過等

理由二によると、原告は本件事故によつて入院二日、通院六か月の加療を要する右踵骨骨折、右肩部、右上肢、顔面挫傷の傷害を受けた。そして〈証拠〉によると、原告は右踵骨骨折のためにギブスを着用して退院後も昭和四四年三月四日までの間一八回にわたつて神保外科(名古屋市守山区所在)に通院して治療を受けた結果、同日右傷害は治癒するに至つたことが認められ、〈証拠判断省略〉、

2  治療費

〈証拠〉によると原告は、神保外科における治療費として金七万六、七八〇円を要したことが認められる。

3  逸失利益

〈証拠〉によると、原告は、事故当時、原告の妻とともに、にのみやデザイン工房という名称でデザイン(楽譜などを手書き)および印刷業を営み月額平均金一四万七、三三七円(一日あたり金四、九一一円)の純益を得ていたことが認められる。そして右事実および前記認定の傷害の態様および治療経過を総合すると、原告は、入院期間中においては右収入の一〇割を、通院期間中においては概ね平均してその三割を喪失したとするのが相当であるから、結局金二八万三、八五五円の得べかりし利益を失つたこととなる。

4,911×2+4,911×0,3×186=

283,855(円)

そして原告の主張するその余の逸失利益はこれを認めるに足りる証拠はない。

4  慰藉料

本件事故の態様、原告の損害の部位、程度、治療の経過その他諸般の事情(但し、後記原告の過失の点を除く)を考慮すると、原告の慰藉料額は金一〇万円とするのが相当である。

5  過失相殺

〈証拠〉によると、

(一)  現場の状況

事故現場は、東西に通ずる県道(幅員一二メートル)と南北に通ずる市道(幅員は北側部分が7.4メートル、南側部分が7.0メートル、なお市道の北側部分は南側部分より東寄りに交差している)が直角に交差する交通整理の行なわれていない交差点であつて、県道の両側には建物が並んでいるため交差点における見通しは悪い(もつとも本件交差点の北西隅および南西隅はわずかに空地となつている)。現場付近においては車両の交通量は極めて多く(ことに県道を直進する車両が多い)、制限速度は毎時四〇キロメートルの速度であつた。

(二)  事故の態様

訴外福島英之は加害車を運転して市道を北に向かつて走行中、本件交差点にさしかかり、同交差点入口で一旦停止して県道を走行する車両が絶えるのを待つていたところ、右方車(県道を西に向かう車両)が同交差点入口付近で停止し、さらに県道を西から進行してきたバスが右折するため同交差点の中央付近で停止したので、県道を安全に通過しうるものと考えて発進したものの、センターラインをわずかに越えた地点で再び停止して右バスの左方を走行する車両の有無を確認したが、バスが停止していたためにバスの左方を東に向かつて進行してきた被害車に気付かないまま発進した直後にこれと衝突した。

原告は被告車を運転して毎時三〇キロメートルの速さで県道の左端付近を東進中、本件交差点にさしかかつたところ、同交差点内にバスが右折のため停止していたのを発見したが、先行車が右バスの左側方を進行して同交差点を通過したので、先行車に続いて自車も同交差点を通過しうるものと判断して右方車に注意を払わず右速度のまま進行を続けた。ところが前記のとおり、同交差点の南側から加害車が進行してきたので、これとの衝突を避けようとして左にハンドルを切つたが間に合わず加害車と衝突した。

以上の事実が認められ、これに反する証拠はない。

右認定事実によると、自動車運転者としては、本件の交差点のように交通整理が行われずまた見通しが十分でなく、かつ大型車両が右折のために交差点中央付近で停止していたことから交差道路からの進入車の有無が確認できない場合には、例え原告側に優先通行権が認められる場合であつても(県道の方が明らかに広い)、交差道路から進入する車両の発見に注意を払い、さらにこれが進入してくる場合に備えて予め減速(場合によつては徐行)すべき注意義務があつたにもかかわらず、原告には前記のとおり右注意義務を怠つた過失が認められる。そこで原告の右過失を考慮すれば、原告の損害についてその二割を過失相殺するのが相当である。

6  損害の填補

原告が金七万六、七八〇円を受領済であることは当事者間に争いがない。とすると原告の損害残額は金二九万一、七二八円となる。

7  弁護士費用

本件事案の内容、審理経過、認容額等に照すと、原告が被告らに対して本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は金三万円とするのが相当である。

五結論

よつて原告に対し

1  被告大島は金三二万一、七二八円およびうち、弁護士費用を除く金二九万一、七二八円に対する本件事故発生の日である昭和四四年八月三〇日から、うち弁護士費用金三万円に対する本判決言渡の日の翌日から、支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を

2  被告保険会社は金三二万一、七二八円およびこれに対する本判決言渡の日の翌日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を

支払う義務があり、原告の本訴請求は右の限度で正当であるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(至勢忠一 熊田士朗 打越康雄)

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